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【ポソ宗教戦争(ぽそしゅうきょうせんそう)】
インドネシア中部スラウェシ州北東沿岸部の
ポソで1998年末から2001年の末までに起こった宗教戦争

1998年末、ムスリムとキリスト教徒のあいだで抗争が勃発、
約1000人が死亡、数万人が避難民となった[1]。
抗争の勃発は、ムスリムの少女が
キリスト教徒にレイプされたという噂が原因だった。

インターネットの動画共有サイトに、
ポソ宗教戦争の凄惨な光景を撮影した動画がアップロードされた。
ビデオには対立する宗教の住民の生首を掲げる民兵や、
犠牲者の激しく損壊された遺体、
リンチを受ける住民などが撮影されており、
紛争がいかに凄惨なものであったかを物語っている。

Wikipediaより引用
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さて、なぜこの戦争の話題について
書いているのかと言うと、
"ポソ宗教戦争の凄惨な光景を撮影した動画"
を見たからである。

僕は友達から知ったのだけれど、
この動画はどうやらネットでは有名で、
所謂"グロ動画"として興味本位でみる人も多いよう。

初めは死体や生き物を殺す動画や画像を
興味本位でみるのは、嫌い、
というか人として間違っていると考えているので、
スルーしようかと思ったのだけれど、
動画の説明や見た人のコメントを読んで
気持ちが変わりました。

見た人達の中には、
初めはちょっとした好奇心からみたが
戦争や宗教、人について考えさせられた
というコメントも多く、

おそらくこの動画をアップした人も
事実を知って何かを考えてほしい
という意図があるのだろうと感じて、
(そうであってほしい)
むしろ見るべきものであるかなと思ったわけです。

で、

本当に恐ろしいと思いました。
同時に悲しいとも。

普段、僕らが共通認識している、
"人を傷つけてはいけない"とか"人の痛みを感じろ"のような
道徳や社会規範のあいまいさ。

「信仰」や「復讐」「家族」「防衛」
そんなもので精神的に正当化できれば、
文字通りゴミのように人も殺せる。
残忍に傷つけることができる。
相手の人間性を全く無視で。

怖いのはそこに
それを許容というか推奨する
別の道徳や社会規範があるということ。

敵方の生首を掲げている人は、
子供のように無邪気な笑顔をしていた。
自分の行為の正しさを疑いもしていない顔。

彼らには彼らの善悪の基準がある。
その基準は宗教という強力なバックボーンを持ち、
強い信仰心があればあるほど揺るがないし、
相反する基準の存在を許さない。

そこから争いが生まれる。

宗教に限らず、
何かに精神、価値判断などの拠り所を強く傾けることは、
個人やある集団としては安定するかもしれないけど、
異なる考えに対する強い反発心も生む。

自分の精神的主柱が揺らぎかねないから。


物事を柔軟に受けいられるバランスの良い
立ち位置にいられることが理想なんだろうけど、

そのためにはちょっとやそっとじゃ揺るがない
強い精神が必要なんだろうね、きっと。

そういった安定した精神を求めて
信仰を持つ人もいるわけだし。

ふーむ。


まぁというように
全然考えがまとまらないけれど、
色々と考えるところのある動画でした。

かなり精神的にきつい映像なので見ろとは言いません。
が、ちゃんと考えるところがあって見るならば、
得るものもある動画だと思います。
(POSOで検索すればみれます)

2009年10月22日 | Comment:1 | TrackBack:0 | | 日常・意見 | Top↑ |
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